7月8日の事件について

7月8日(金)に起きた安倍元総理銃撃事件の報道(警護に当たっていた警察官への批判)を見て思い出したのが、次に紹介する大阪大学1991年入試問題です。

Only the smallest fraction of the human race has ever acquired the habit of taking an objective view of the past. For most people, even most educated people, the past is merely a prologue to the present, not merely without interest in so far as it is independent of the present, but simply inconceivable except in terms of the present. The events of our own past life are remembered, not as they seemed to us at the time, but merely as incidents leading up to our present situation. We cannot persuade ourselves ―― in fact, we make no attempt to do so ―― that undertakings which ended in failure were entered upon with just as much forethought and optimism as those which have profoundly affected our lives.

和訳例:

過去を客観的に見る習慣が身についているのは人類の中でほんの一握りの人たちだけである。たいていの人々、たいていの教養がある人にとっても過去は現在への序章にすぎない。つまり、単に現在と関係がない限り関心がないというだけでなく、現在という観点からしか全く考えられないのである。我々自身の過去の生活の中で起こった出来事を思い出すのは、当時我々の心に映ったように思い出すのではなく、我々が現在置かれた状況を導く出来事としてのみ思い出されるにすぎない。失敗に終わった仕事が、我々の人生に深く影響した仕事と全く同じだけの見通しと楽観をもって開始したことを自分自身に納得させることはできないし、実際にそうしようとも思わない。

 

英文は何を言おうとしているかを分かりやすく説明するのは難しいのですが、要は結果論で物事を判断するなということでしょうか。今回の事件の映像を見る限り、元首相を警護していた人たちは最善を尽くしたとは到底思えなかったのですが、この英文を読み返して、それは安倍元総理が亡くなったという結果から、つまり「我々が現在置かれた状況を導く出来事としてのみ思い出され」ているのではないかと考え直しました。「過去を客観的に見る習慣」を身につけている人は今回の警察の行動をどのように見るのでしょうか。

 

 

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